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宗教

2014/02/19
ここ数週間、東京では例年にない大雪の日やはたまた小春日和の日等、寒暖差が厳しく心身が疲れているように思います。そうはいっても気候はどうにもできないため、「いつもより長めにゆったりお風呂に入る」、「とても寒いとき用にホカロンを持参する」など、皆様も気候に合わせた工夫を是非意識いただければと思います。

さて、話題は変わりますが会社をお休みさせて頂き、8日間インドに旅行をしてまいりました。
旅行前には多くの方から「お水は飲まないように、下痢止め薬必需品!」「人に騙されないように」「毎食のカレーに飽き飽きするはず」等の注意を頂いたり、逆に「インドは移り住みたいと思うほどはまるらしい」「世界観が変わるはず」等心誘われる様々なアドバイスをいただきました。

帰国しての感想ですが、インドは濃い!!人も見所も溢れんばかり、刺激的で楽しい旅でありました。

旅行中、考えさせられたのは宗教についてです。インドは8割・9割の方がヒンドゥー教、残りがイスラム教、次いで仏教とほぼ全国民が某かの宗教を生活に根付いた形で信じています。

そして、第三者の私から見ると、生活苦に見えたり、カースト制度等身分の違いが明確でさぞ辛いのではと思える人でも、ガイドさん曰く「皆ハッピー。信じている神の元、皆が助け合いで一日一日を過ごしている。皆の心は平和で満たされているのです」とのこと。

興味を持ち、宗教を信じる効用を考えてみました。
●心の平安
●死の恐怖や苦しみの除去
●善と悪の明確な区別
●同じ信仰を持つもの同士の助け合い、分かち合い、
●国の統治                       などなど。

宗教を信じていると、辛いことも『報い』、『あるべくしてあるもの』という思いにより、苦しみが苦しみではないのかもしれません。

★ヒンドゥー教では、
現世はいくつもの生の1つにすぎない。人はみな過去に前世があり、来世が待ち受けているとされる。人間の生は車輪のようにつながっており、現世のあり方を決定するのは前世の業である。業とは、人間の行為に他ならない。このため、人間は善行をすれば来世では必ず報われるとされ、最終的には何度も繰り返す輪廻の世界から抜け出して天上の楽園で暮らすことが理想としている。

★イスラム教では、
死とは「最後の審判」までの仮眠の時期であるとされている。最後の審判では「すべてお見通し」の唯一神アッラーの裁きを受ける。人は、この絶対者の前では全く無力である。イスラム教にはカダルという観念があり、生涯の間にアッラーに帰依し、定められた戒律を厳しく守っていけば、アッラーがそれを認め審判に影響することもありうると言われている。

どちらの宗教を見ても、すべてが自分ではどうにもならない運命、神に生かされている、受身の姿勢なのでしょうか。その心であればどのようなことでも受け流せ、または賜ったこととして感謝して過ごせるように思います。

日本にも宗教が浸透すれば、「責任」を神様に置けることで、悩みも苦行も溜めづらくなるのではと思いましたが、但し、その分仕事の質等の低下につながる等、失うものもありそうですね。

最後にヒンドゥー教の教え 人生の大原則です。

「心が変われば、態度が変わる
 態度が変われば、行動が変わる
 行動が変われば、習慣が変わる
 習慣が変われば、人格が変わる
 人格が変われば、運命が変わる
 運命が変われば、人生が変わる」

神から与えられた現世でも、気持ちの持ち方で人生はいかようにも見られる。幸せは自分で感じるもの、感じていくものということです。
皆様の幸せ感を上げるヒントにしてください。

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ガンジス河の朝日より(実写です!)

<N.O>



17:31 メンタルヘルス | コメント(0) | トラックバック(0)
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